ブログ
blog
第五回 季節の公募展「秋馨」インタビュー

2025年11月18日(火)~11月30日(日)に開催いたしました
第五回 季節の公募展「秋馨」
展示詳細:https://iris–gallery.com/exhibition/785/
御礼・投票結果:https://iris–gallery.com/blog/778/
見事、来場者投票1位に輝きました、墨田ペトリ堂様へインタビューを行いました!
インタビュー
- 「秋馨」という言葉から、最初に思い浮かんだ情景や気配があれば教えてください。
字義を知るために先ず漢和辞典に当たったのですが、「秋で思い出す香り」としては踏み荒らされた銀杏の落ち葉と実が醸し出すものが思い浮かびました。
香りはともかく、「モノクロームで秋」の難しさに頭を抱えたのが正直なところです。 - この写真を撮られたとき、意識していたのは「景色」でしたか、それとも「空気」や「気配」でしたか?
これを撮ったのは朝なのですが、この時間帯の鯔は音も無くゆらりと現れます。
何かが動いたような気配を目で追ううちに、私の立っている橋の下を泳ぎ過ぎて行きました。 - この作品には、見る人によって受け取り方が変わりそうな曖昧さが感じられますが、その揺らぎは意識されたものだったのでしょうか。
主題は川を泳ぎ下って行く鯔なのですが、それを橋の上から撮っている私の影も映り込んでおり、どちらが目に入るのかでも受け取られ方は変わるのだと思います。
一枚で何かを語り切る写真と言うものは私には撮れないですし、撮りたいとも思っていないので、その点では捉えどころのなさが揺らぎに感じられるのかもしれません。 - 写真の中で、あえてすべてを語らず、余白を残した部分について、どのように考えていらっしゃいましたか?
泳ぎ下る鯔の群れ
波紋
橋と撮影者の影
水面に映る白い塔
この4つの要素しか画面には無いので、その奥に語られていない何かが感じられるのであれば、それは撮影者の倦怠、厭世、厭人などの心境ではないでしょうか。 - シャッターを切った瞬間の空気や、そのときのお気持ちを、今あらためて振り返ってお話しいただけますか。
少し早めのバスに乗り、この橋の辺りで写真を撮りつつ出勤するのが日課でした。
お彼岸を過ぎたくらいの時期なのですが、気温も水温もまだ高く、水面に映る私の影には「仕事行きたくない感」があります。 - 光や水面の表情を見つめながら、「ここで撮ろう」と感じた決め手のようなものはありましたか?
これを撮った北十間川は東西方向の風が吹くと波が立ってしまって写真にならないのですが、程良く凪いでくれたので、暫く水面を眺めていたのです。
何も起こらなければそのまま職場へ、この日は丁度良く鯔の群れが下ってきました。 - 秋という季節のなかで、この作品ではどのような時間の流れや、心の状態を写していると感じていますか?
思い返すと人生に於ける秋でもあったと思います。
長すぎる消化試合の中で自分の現在位置を確かめるような、そんな一枚ではあります。 - 現像や仕上げの過程で、「やりすぎない」ために、あえて抑えた部分や手放した表現はありましたか?
自家現像でプリント迄やっていた時代に「良いネガを作って、一定の方法で焼くことで均質化する」と言う自分なりの作風のようなものを確立したのですが、経済的に立ち行かなくなってデジタルに移行してからも、その方法論でやっています。
・カメラの設定を自分の好みに合わせて突き詰める
・基本的に2/3アンダー、撮ってみて足りない場合は更に
・JPEG撮って出し
「良いネガを作る≒好みのデータ」であり、カメラ内で完結させるのでレタッチソフトは使っていません。
自家暗室時代からそうなのですが、一枚々々を突き詰めすぎず、程の良い所で手放して同質性を持たせられるように心掛けています。 - 完成した作品をご自身で見返したとき、撮影していたときとは違って感じられた点はありましたか?
紙に焼いて初めて「ひとさまにお見せできる状態」になるのだな、と。
Webに上げて完結してしまうと、見え方はそれぞれの環境に左右されてしまいますし、私のようなコントラストとシャープネスを排除したモノクロームは、この写真も含めて日中の屋外だとそもそもなんだかわからない。
それが紙にプリントすると一定の条件で見て貰える有難さ。 - 普段、モノクロームの作品が印象的ですが、ご自身のこだわりがあれば教えてください。
自家現像で試行錯誤して、アンダー目に撮ったコダックのトライ-XをD-76希釈現像したネガが好みに近い事が分かりました。
そのネガをイルフォードのマルチグレードの印画紙を使って2.5号(やや軟調)で焼くところに落ち着いたのです。(※フィルターは1号(最軟調)から5号(最硬調)まであります)
但し、使っていた引き伸ばし機は散光式でしたので、世間的にはかなりの軟調になります。
これを二合半にひっかけて「こなから写真」と自称(自嘲)していました。
デジタルに移行してからも、求める色はその辺りになります。 - この作品を展示空間の中でご覧になってみて、制作当時とは少し違って感じたことはありましたか?
撮った当時は暗室を仕舞ったりなんだりで写真についてはあらかたやりつくした観があったのですが、「これはよく撮れたな」と思えた写真を人さまに見ていただくのも良いものだな・・・と感じています。 - ご自身のこれまでの作品の流れの中で、この一枚はどんな位置にあると感じていますか?
私は殆どの写真をモノクロームで撮っていますが、私の好むシャープネスとコントラストをゴミ箱に棄てる所から始めるモノクロームは世間的に正しくないとされてきたものなので、「これもアリ」としていただいた点に於いて画期的であり、忘れられない物になると思います。 - もともとは別のきっかけや思いから生まれた作品かと思いますが、「秋馨」というテーマの中に置かれたことで、新しく見えてきた部分はありましたか?
「モノクロームで撮る秋とは?」と考えて、季節ごとに分けたフォルダを漁ってみたのですが、東京で撮れる秋の幅の狭さに愕然としました。
目にもさやかには見えぬし耳を驚かす風の音も未だ夏のそれ。
秋の季語ではありつつ世間的には夏の華である朝顔が咲き残り、紅葉は始まる気配くらいしか無く、虫の声は聴きつつ藪蚊にも刺される。
どんな状況で撮ったのかを思い返して、確かに残暑の延長戦が冬まで続くここ数年の「東京の秋」ではあったな、と。 - この作品は、見る人との距離感がとても静かな作品だと感じますが、鑑賞する方の記憶のどこかに、どんな形で留まっていたら嬉しいと感じますか。
私の撮りたい写真は「風邪を引いた時に見る夢」のような曖昧模糊としたものなので、いつかどこかで見たような気がする記憶が曖昧に残ってくれると嬉しいです。 - 最後に、「秋馨」で1位に選ばれたことについての率直なお気持ちと、この作品が今こうして選ばれたことを、どのように受け止めていらっしゃるかをお聞かせください。
広範に受け入れられる作風ではないので、投票で一位に選ばれたことがまず驚きでした。
IRIS GALLERY の公募展は季節の捉え方について新たな気づきを与えてくれる出展者が多くおられるので、自分なりに頭を捻って提示した「秋」がその中でも良い物として選んでいただけたことに感謝しています。
プロフィール
墨田ペトリ堂
受賞作品

